妻・奥さん・嫁・家内・女房…。
「配偶者である女性」の呼び方はたくさんあります。
今はジェンダーの考え方から「パートナー」と呼ぶ人も増えているようですね。
わざわざ違う言葉を作ったということは、それぞれ違ったニュアンスがあるはず。
言葉の本来の意味と使い方を確認していきましょう。
妻:自分または身内の配偶者
『広辞苑』での「妻」の項には以下のように書いてあります。
①配偶者の一方である異性。
ア:結婚している男女間で、互いに相手を呼ぶ称。男女どちらにもいう。また、第三者からいう場合もある。(中略)
イ:転じて現在では、夫婦の一方としての女。⇔夫
【妻】は現代の用法では、主に男性が自分の配偶者を紹介するときに使う言葉です。
「妻」という言葉には「妻さん」とか「妻さま」という言葉に違和感があるように、他者の配偶者のことを呼ぶ時にはあまり使いません。
ちなみに、その昔(奈良時代の『万葉集』や平安時代の文学)には「夫」も「つま」、「妻」も「つま」と呼んでいた時代があります。
『広辞苑』では男女どちらにも使うという、もともとの意味が最初に書かれていますね。
婚姻届にも「夫になる人」「妻になる人」と使われています。
後述するような謙遜するニュアンスもありません。
「母」や「兄」などと同様に単に関係を表す表現ですので、自分の配偶者を紹介するときには「妻」を使っておくと無難です。
自分や身内の配偶者である女性について紹介するときに使う。
関係を表す一番スタンダードなものだよ!
奥様・奥さん:他者の配偶者を指す尊称
次に「奥様・奥さん」を見て行きましょう。
『広辞苑』では以下のように書いてありました。
①公家に武家から嫁した夫人。身分の高い家の主婦。奥方。
②他人の妻の尊敬語。奥方。
③奉公する家の主婦。
先ほどの「妻」と違って、「奥様」「奥さん」という言葉と相性がいいですね。
その昔、貴族や将軍家などの身分の高い女性はあまり人前に顔を出さず家の中にいました。いつも家の奥の方にいて、姿をあらわさない人という意味で「奥さま」「奥さん」というようになりました。
江戸時代を題材にしたみんな大好き(?)大奥というマンガや映画も流行りましたね。
「大奥」とは江戸時代の将軍の妻である女性たちがすんでいたところのことです。
語源から「女性は家にいるもの」のニュアンスを読み取って使うのを嫌がる人もいるようですが、言葉自体にそのような意味はなく、「他人の妻の尊称」が辞書的な公式の意味です。
【奥様】は他者の配偶者に対して尊敬を込めて呼ぶ言葉です。
嫁:息子の配偶者
個人的に一番誤用や誤解が多い単語だと感じています。
詳しく説明していきますね。
まずは『広辞苑』の説明から。
①息子の妻。
②結婚したばかりの女。新婦
③結婚の相手としての女。妻。
普段使っているのは【③の意味】がほとんどではないでしょうか。
しかし「嫁」の本来の意味は【①息子の妻】なのです。
他の辞書もいくつか見ましたが、
【①息子の妻】が最初に書かれていますし、①の意味しかないものもありました。
よって、語義だけで言うと
俺の嫁が…
と言いながら自分の配偶者のことを説明するのは誤用です。
ただ、最近は自分の配偶者を指す使い方が広まってきて、とうとう『広辞苑』にも用例として掲載されるようになりました。
「嫁」という言葉も女性差別的だから使わないようにしようとする風潮が少なからずあるようです。
確かに昔、結婚したら女が男の家に入るという「イエ」制度が重視された時代もありました。
嫁は姑にその家のしきたりを学び、最終的には姑からしゃもじを受け継いで、家事の一切の責任者と認められることを目標にしていました。
嫁の使用を反対する人は「嫁=家事をする人」のイメージがあるからイヤだと主張しますが、「嫁」の語義に「家事専業の人」という意味があるわけではありません。
昔、嫁である息子の配偶者は、家事の責任者になることが求められたというだけ。
そうなってくると「姑」も嫁をいじめるイメージがあるから使ってはいけないという議論になりかねないのでは…と思ってしまいます。
「嫁」という言葉は先ほどの「妻」と同レベルであくまで「息子の配偶者」と関係を表す意味しかありません。
女性であっても息子がいれば嫁と呼べる人ができる可能性がありますし、男性であっても息子がいなければ「嫁」にあたる関係性の人は存在しません。
【嫁】は息子の配偶者。
世間では批判されることもある呼び方だけど、父母が息子の配偶者を呼ぶのであれば全く問題ない正しい使い方です!
女房:元々は身分の高い人に仕える女性の意味
こちらも『広辞苑』で確認しました。
②禁中・院中でひとり住みの房(部屋)を与えられた高位の女官
③貴族の家に仕える女
④婦人。女。
⑤妻。内儀。
特に平安時代に「女房」というと、天皇や身分ある人に仕え、世話をする人を指しました。有名どころでいうと、清少納言や紫式部は宮中で仕事をしていた「女房」です。
その昔、家事は女性がになっていたため配偶者の意味がついたようです。
5番目の意味ではありますが、辞書には掲載されていますし、江戸時代から「自分の配偶者である女性」の意味で使っている用例もあります。
「女房と味噌(畳とも)は新しい方がよい」なんていう慣用句もありますね。
(これはちょっと失礼な感じもする使い方かも??)
かみさん:元々は女主人の意味
配偶者の呼び方で「かみさん」というものもあります。
①身分ある人の妻の敬称。内室。奥方
②江戸時代、町屋で、主婦または主人の母の敬称。
【かみさん(上さん)】
①近世大坂で、良家の隠居した老母のこと。
②商人・職人などの主婦。気安い場合など、一般の家の主婦を呼ぶのにも用いる
今でも、小料理屋さんとか旅館の女主人のことを「おかみさん」と呼ぶことがありますね。
どちらかというと、他人の配偶者を呼ぶ「尊称」のイメージが強い単語です。
「配偶者である女性」の呼び方まとめ
今回扱った「配偶者である女性」の呼び方をまとめます。
奥様:他者の配偶者
嫁:息子の配偶者
女房:もともとは宮中に仕えていた女性
かみさん:商人や職人の配偶者を指すことも
でも、どの意味を調べても「妻」の意味は『広辞苑』に掲載されています
類語辞典で調べてみると「妻」の類語はたくさんヒットしました。
でも、英語にすると全て「wife」になっちゃうんですよね。
別単語があるということは、日本語においてはなにかしらの使い分けがあったということ。
言葉とは難しいものです。
昔は誤用だとされていても、みんなが使って広まり、送り手と受け手が同じものを思い浮かべることができれば、コミュニケーションは成り立ってしまうのです。
50年後、100年後は全て「妻」と同じ意味で使われることに誰も疑問を抱かなくなるかもしれませんね。
編集後記(?)
「嫁」が息子の妻の意味であることを知ってからは、
この「嫁」という言葉が妙にひっかかるようになりました。
いちいちそんなことを言うと完全にノリが悪い人間なので、口に出しては言いませんが。
あと、最近よく聞く男女平等の観点から「嫁」は使わないべきだ!という意見も気になります。
「妻」の意味で「嫁」を使うのはもともとの語義としては誤用だけど、正しく「息子の配偶者」に対して使うのは単に関係を表す言葉なので問題ないと私は考えます。
些細なことではありますが、この件を通して強く実感したのが、
「一つ知識が増えると、見える世界が変わる」ということ。
もう知らなかった時には戻れないし、どうしても気になってしまう。
今まで見ていた世界と違う見え方になってしまう。
知識を増やす・知っていることが増えていくというのは、まさにこういうことだと思うのです。
知っている今と、知らなかった昔、どちらの見方もできる。
いろんな選択肢が選べるようになる。
これが豊かな人生につながっていくと信じています。
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