文学史対策問題集No.009~『土佐日記』とは?~

文学史対策問題集

この記事はこんな人に向けて書かれています

・大学受験の文学史対策をしたい人
・『土佐日記』ついて知りたい人

ことのは
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こんにちは!
国語予備校講師のことのは(@kokugohaku)です!

過去3年分の問題を分析した国語予備校講師が、
効率よく文学史問題を対策するための問題を厳選して出題しています。

さて、本日の問題を見てみましょう!

問題
『土佐日記』の作者が選んだ和歌集はどれか?

1.万葉集
2.古今集
3.千載集
4.新古今集

「作者が同じ」パターンの問題もよく見かけますね。
さて、答えは決まりましたか?

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答え

2.古今集

★『古今和歌集』の撰者は、紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑の4人
★『古今和歌集』の仮名序を書いたのは紀貫之
★『土佐日記』の作者は紀貫之

今回は『土佐日記』と『古今和歌集』の両方の作者を知っているべき問題だったので、いつもより難しかったかな?

『古今和歌集』について詳しく知りたい方はこちらの記事を確認してください。

ちなみに、『古今集』は『古今和歌集』の省略形なので同じものを指します。

解説~『土佐日記』とは?~

まずは『土佐日記』の基本データを確認しておきますね。

【成立年代】平安初期(900年代)
【作者】紀貫之
【あらすじ】小さい子どもが亡くなってしまって悲しい+旅日記
詳しく見て行きましょう。

【成立年代】平安初期

作者が同じなので『古今和歌集』の成立年代と同じです。当たり前といえば当たり前か!
こういう風に、知識がつながっていくと覚えることが減っていきます。

他にも成立年代に関するものいえば『源氏物語』以前の作品はどれか?と聞かれます。

【作者】紀貫之

作者は紀貫之です。
特徴的な部分があるので紹介しておきます。

『土佐日記』の冒頭は聞いたことがありますか?

男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり。

【口語訳】
男もするらしい日記というものを、女のわたしもしてみようと思ってするのである。

どうですか?
「女のわたしも」←この部分めっちゃひっかかりますよね。

紀貫之は紛れもなく男です。
それなのにわざわざ「自分は女だ」と宣言してからはじまります。

当時、政治の書類など「公」の性格が強いものは基本的に漢字で書かれています。
逆に日記などの「私」的なものは「仮名」で書かれています。

紀貫之は一時期、土佐守という高知県知事のような役職についていたことがありました。
(『土佐日記』の「土佐」の由来はここですね)

そんな「公」色の強い役職についていた貫之が、『土佐日記』は「公」のものではなく「私」的な日記ですよ、ということを「仮名」を使うことで表現したと考えられます。

とはいえ、作品中に筆者は土佐守であることがわかる記述があります。
(当たり前ですが、高知県知事は1人しかいません)
当時の人も作者が紀貫之であることを知っていたようです。

【あらすじ】小さい子どもが亡くなってしまって悲しい+旅日記

『土佐日記』に描かれる基本的なテーマは「子どもを亡くしてしまって悲しい」ということ。そしてサブテーマは旅行記・紀行文です。

貫之はもともと当時の都・京都に住んでいました。
あるとき、高知県知事に任命されました。

まだ小さかった子どもを連れて、高知県へ旅することになります。
しかしこの子どもは3歳くらいで土佐で亡くなってしまいます。貫之夫婦は悲しみのどん底です。

教科書でもよく取り上げられる「帰京」の場面から和歌を引用します。

生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ

【意訳】
この家で生まれた子どもは帰らないのに、同じく家にある松はすくすくと育っていて、見るのが悲しい

亡くなった子どもと、すくすく育つ松を対比させて悲しさを強調しています。

『土佐日記』は、読解でもよく見かけますので、

・京の都→土佐→京の都の紀行文(旅行文)である
・子どもを亡くして悲しい
この2つの背景を知っておくと読解がしやすくなるはずです。

まとめ

今回の問題で覚えておくべきことはこちら(再掲)

★『古今和歌集』の撰者は、紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑の4人
★『古今和歌集』の仮名序を書いたのは紀貫之
★『土佐日記』の作者は紀貫之
だんだん知識がつながってくるのを感じていますか?
 
本日はここまで!
お疲れさまでした!

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